昨日あげられたあんちゃさんのブログの記事を読んだ時
友達があげていたnoteの記事を読んだ時
記事によって人への寄り添い方が人それぞれあって読者との“距離感”や読者への“思いやり”という部分で、全然違うなと感じたので、その違和感を文章にしていきます。
⚫︎あんちゃさんとは?という人へ、いかとんがあんちゃさんのことも少し触れた記事がございますのでそちらをご覧ください『休職中だからこそ今やりたい15のことを掲げるよ』
⚫︎もしくはあんちゃさんのブログをご覧ください『まじまじぱーてぃー』
その文章は何のための文章でどういう属性か図る
あんちゃさんの記事はとても読まされる
「読まされる」
なんて使うと使役の意味が含まれているので
〇〇させられている。の意味合いが強く出てしまって否定的な感情がどうしても拭えないですが
そうではありません。
「読もうと引き込まれる」「続きが読みたいと思える」ということです。
・引き込まれる
これはあんちゃさんが、あんちゃさんでいることで生まれる絶対的なブランドがあるので、この人の文章の持っていき方や組み立て方、癖なんかも全てが、
「あんちゃらしさ」として良い意味で文章に色を付けていき、文章自体も抑揚がついて面白いです。
・続きが読みたい
続きをどんどん読ませてくる構成を練っているんですよね。次から次に気になることを、文章で綴っているので、あれ?ここはどうなのかな?と思ったことは、次の章で解答がきちんと用意されています。さらに、そこの解答から得られたこちらの心を読んでるかの如く、その心を揺さぶる内容をポンと表示してきます。
なので、自分から文章を掴みにいっているような、そんなイメージでどんどん読まされていっていたなと思いました。
⚫︎あんちゃさんの記事「来たる動乱の時代に、情報発信で生き残る道。」
友達の記事は読もうと思わされて読んだ
大好きで切磋琢磨している友達がnoteを更新しているので、その記事も読もうとnoteを開いて記事を見ました
本人の性格や、本人との関係性、普段から話し合っている分、ぼく自身も頑張っていこうだったり、あっそんなことを考えていたんだなという新たな発見があったりと、新鮮かつ刺激を受ける記事となっておりました
しかしここで違和感が生まれます。
それは先ほど読んだあんちゃさんの記事との違いで、読み終わった後の“達成感”です
明らかに友達が書いたnoteを読み終わった時に、ああ読み終わった!という達成感が生まれていました
それだけ、記事を読もう!と意識した結果生まれた感情かと思います
あんちゃさんの時は、読み終えた時に確かに自分自身にこういう考え方があったらなあとか、こんなアイデアあったらいいなとか、記事に対しての自分自身の考えを考えたり、アウトプットしてみたりしていました
しかし友達の場合は、読んだことで達成感が生まれていました。「読んだ」ということに満足をしていました
ここの違いです。
これは何なんでしょうか。
⚫︎友達の記事「人生における意思決定を『自分任せ』にできる人を増やしたい」
記事を誰に書いているか、なんのために書いているか見失わない
あんちゃさんは相手に寄り添った相手のための記事
あんちゃさんの記事は、
こんなことが今言えるからこれからもっとこうした事をできる人がいいかもね!
という、ちょっとした悩みや不安を持った人に対してこんな考え方もできるんじゃないですか?っていうような、明らかな寄り添いや暖かさが感じられる文章で
読んでいるこちら側も
ああそうなんですよ、あんちゃさん確かにそうかもしれないですね、なんて対話をしているように
こちらに寄り添いながら文章を練られているなと。
つまりは、
こんな悩みや不安がある人に自分なりに答えを出して提示しますよ、という記事になっているんです。
読者となる人のことを考えた上で、その人たちのことを思いながらの記事となっているわけです。読者の気持ちを考えているからこそ、どんどん次の悩みがわかってそれに対する解答を用意し、次なる希望を差し伸べるべく思いやりを持って、次の選択肢を提示する。
その全ての過程において、悩んで座りながら俯いている横で優しく語りかけ、そのあとは前を向かせて手をとって立ち上がらせてくれているようでした。
友達の記事は相手を奮い立たせる記事
記事の内容的にはとても面白く、考え方も自身の経験をもとに構築されているので、一貫性がありました。
今までとこれからを見据えての、自身のやりたいことも明確で、素直で真っ直ぐでした。
そこで読み終わった達成感というのはなんだったのか、
言い表すとしたら、1つの物語を見終わったような感覚でした。
友達にはやりたいことがあって、そのやりたいことをやるための道中であると、そのために今こうしている。だから、みんなもこんな自分のように前を向いてやっていこうじゃないか!という熱さが感じ取れました。
体育祭の団長がチーム全体を仕切って、こんだけ想いがあるから是非ついてきてくれ!と言っている時につい応援したくなる、ついて行きたくなるあの感情に似ていました。
読者はだれかしら。その中の誰かに届いてほしい。そんな熱い気持ちのもと、もし付いてきてくれるのなら自分も頑張ってやっていくで!という想いが見えました。
まだまだ努力が必要でありんすな
そんな二つの全く違う記事を読んで
自分の記事はどうなのか。俯瞰してみてみました。
あんちゃさんほど相手に寄り添った文章も書けない
友達ほど熱い情熱のこもった文章もあげれてない
これが正直な感想でした。
特にブログに関しては
読者との対話をするような感覚で悩みや不安を解決や新しい発見に導くことを目指しているとnoteの記事には書かせていただいたのに、そこもまだまだ甘いなと痛感しております。
ブログ開設2ヶ月目
「量」も「質」もさらに成長させていかなければと思います。
関連事項▽
⚫︎あんちゃさんの生き様が全てわかる著書「アソビくるう人生をきみに。 好きなことを仕事にして、遊ぶように生きる人生戦略」
⚫︎友達が始めたコーチング企画「107回コーチングした明大5年と理系神戸大院生が本気でお悩み相談のります」
⚫︎そもそも記事書けないと苦戦している君に「ブログの記事はパソコンと向き合ってるだけじゃ書けないんご」
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