この本すごいいい本だったな
あのお店すごくおしゃれだったな
ここの食材はお肉がおすすめなんだ
じゃなくて
この本のここの文章は特に心に響いた文だった
あのお店のトイレのディテールもこだわってて、あのタイルの石の詰め方はどこからイメージしたんだろうか?
ここの食材はお店の店長が牧場も管理してるからこんなに美味しいお肉が置いてあるんだ
抽象的と具体的のちがいだと思うが
その具体的、具体化をどれだけできるかってのが
文章を書いていると厚みに繋がるんだと最近すごく感じています
ひとつの事柄で10個ネタを探す
ブログを書いているぼくが最近意識していることは
何かをやる時、何かがある時
その事柄からブログのネタにできることを探す意識をしています。
探す意識というよりも、“視点を変えて物事を見る”ようにしています。
例えば昨日同期とランチに行ったのですが
その45分間のランチに関してもネタになるなということがたくさんありました。
・東京系付近でおすすめの1000円以下ランチのお店
・蕎麦と丼物、先から食べるか後から食べるか
・12時-13時はランチの時間ってなんでみんな一緒にしているの?
・社会人がランチという会社以外時間を社外で過ごす意味
・ふと東京に疑問を持った社会人が都会で働く意義を考えてみた
・大学生時の熱中と会社員の今のギャップについて
・物欲のない社会人が物で溢れた東京で過ごす意義は?
・やりたいことがあるのにやれないのはなぜか?
・1時間の休憩に求める有意義な時間の使い方
・日本における定時と残業の定義ってなに?
とかとか、
たぶん調べないと分からないような専門的な疑問もたくさんあるかと思うんですが、休職中の自分と午後からも打ち合わせに追われる同期を俯瞰してみたときに思いついたネタになります。
昔から気づいたことをメモやノートに細かく書いていた
これはぼくの話になるのですが
昔からメモること、何か書くことに関して好きでした。
理科のノートの気づいたことの欄には、
箇条書きでも文章でも細かく色の変化とか、時間とか、目に見えて気づいたことはなんでもメモしてましたし、
授業で先生が何かぼそっとたまに言う余談とかも、話を聞きながらニュアンスをメモするなんでことをしていました
なのでノートは吹き出しとか細かいメモ書きやらでびっしりだったような気がしています
その癖が付いたからか
細かいことに目を向けると言うのは割と得意です
ボランティアでインドに行った時にも
きっとみんなは当たり前にへえ〜って思ったことも
しつこくメモしてみんなに共有してしまったりもしていました。
でもそれが、帰ってきてからの事後活動の際にも鮮明にイメージができたり、話を具体化させるきっかけにもなっていたので、結局メモすることはよかったと思っています。
当たり前に疑問を持つことが小さなことに目を向けるきっかけになる
ブログってどうやってネタ書いてんの?
って同期に聞かれましたが、
例えばの話でさっきの10個を挙げてみたところ
たしかにそれは書けるわと納得されました。
と言ってもぼくはいまブログを書こうと思っているので、そういう思考になっているのかもしれませんが
誰にだってできるはずです。
特に社会人になったいま、大学生で社会に触れているいま、とかだと余計できると思います。
満員電車に揺られながら、この広告は誰にどんな風に向けて発信しているんだろう?そもそもどれだけの効果があるんだろう?電車といういやでも人が目に入る場所につけているからここにお金をかけれるのだろう?ブログもそうか、人がたくさん見るブログだったらもっと広告を得られるのだろう、とかですね。
なんでもない毎日の中でも疑問に思い
なぜ?を続けていくとなんとなく自分自身でやりたいことだったり、
やろうとしていることに繋がったりしてくるものです。
「なぜ?」の習慣から自分が見つかる
やりたいことが見つからない、
なにから始めればわからない、
そんな人はいまなんでこのブログを読んでくれてるのか、
なんでスマホやパソコンを触っているのか、
なにを求めているのか、
自分自身に小さく「なぜ?」を問いかけてみてください。
ひとつひとつ答えが見つかるにつれて、その答えの先に自分の進みたい道が見つかると思います。
これはぼくが実際にやり方ですので大丈夫です!
明日からでも実践できればその次に繋がります!
応援しています!
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